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マイペース漁師の「漁日記」

沖永良部島のマイペース漁師が日々の漁模様や私生活をつづります。

2010. 06. 02

フロンティアがなくなった・・・・?

私が漁師になったのは、25年も前のこと

その当時の沖永良部島の漁業は、追い込み漁や近場(5マイル以内)での一本釣りに
素潜り漁、トビウオロープ曳き漁などがおもな漁業種で

今みたいに人工衛星を利用した、GPSのような便利な機械があるわけでもなく
ロランCという電波を利用した自船位置測定器がやっと普及し始めた時で
沖永良部島で搭載している船は数隻。

サバニという沖縄の伝統的な小型漁船がまだ半数を占めており
和船も3トンをこえる船は1隻だったか?2隻だったか?

島が見えないところまで漁に出るのは、ひとつの冒険みたいな時代でした。

水揚げは多い人でもやっと500万円ほど
専業の漁業者の平均水揚げは200~300万ほどだったと思う。
本当に厳しい状況でした。

ところがその数年前までは、十島村まで追い込み漁に出かけ
魚運搬船を奄美大島の名瀬からチャーターするほどの水揚を上げ

名瀬市の屋仁川や鹿児島の天文館といった繁華街を
札束を抱え飲み歩いたほど羽振りの良い時代もあった。

それが数年でしぼんでしまったのは

あまりにも捕りすぎてしまい資源が減ってしまった事
その事からくる作業過多による潜水病などの労働災害
地元漁師の漁業権意識の高まりにより漁場の借り上げが難しくなった事。

などにより、十島村での追い込み漁ができなくなった事でした。

考えてみれば、沖永良部島の資源を食いつぶしたために十島村にまで出かけたわけで
島に返れば当然捕る魚は少ない。

漁師の生活はいきなり苦しくなった。
私が漁師になったのはそんな時。

しかし当時の漁師に暗さはなかった。
海はまだまだ開拓されていない魚場はたくさんあり
それを支える船や漁労機器は急速に発達していた。

海にはまだまだフロンティアにあふれていた。



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